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2010.09.09 思い出
久しぶりに書きます。
これからは、この部活を去るまで一週間に二回程度で書いていくつもりです。

最近の部活では論文作成が少しずつ始まっています。
論文作成は二年目の私達でもまだまだ分からないことが多々多く、
全ての作業に悪戦苦闘する毎日です。
運動会シーズンの中、部員の方々には大変迷惑をかけますが、
私からは頑張れと言う言葉しか今はかけられません。(苦笑)

「この作業一つ一つは数年後には良い経験になっているのだろうか?」
それは私にはまだ見当も付かない事ですが、そうであるよう
今はただひたすら信じて努力するしかないようです。

私は今「経験」という言葉を使いましたが、これは「思い出」という
言葉でも言い換える事が出来ます。

運動会などの行事、部活動、そして日々の学校生活・・・
思い出というとよく挙げられるのはこれらですが、もちろん
思い出というのはそれらだけではありません。
登下校時の何気ない一コマ、休日で昼まで寝過ごしてしまった失敗談など・・・
そんなわざわざ口にしない出来事も後になるとやはり思い出ということになるのでしょう。

また、そのような思い出には必ず何かしらの感情があるものです。
それが喜びや興奮などの正の感情であれば、きっとその思い出は
自分にとって心地の良いすばらしいものでしょう。
しかし、思い出の中にはもちろん悲しみや怒り、後悔などの負の感情が
つきまとうものもあります。
その出来事を自分の中で消化しきれていない場合、それらは人の
悩みの種となるのかもしれません。

では、その様な思い出は自分達にとって不必要なものなのでしょうか?
私はそうは思いません。
確かにそれは人を不快にさせるかもしれない。
しかし、その感情は時と共に次第に薄れ、その思い出を
そんなこともあったなと笑い飛ばせる日が来ます。
それが何年、何十年になるかは分かりませんが、その思いは
いつの間にか自分に訪れているはずです。

その時にこそ、自分達は己の知らない一面を見ることが出来るのではないしょうか。
一つの出来事に複数の違った感情を感じた、そういう自分を
見られることはとても貴重な事だと思います。
そしてそれがまたひとつの「思い出」となり新たに自分を形作っていく・・・
それを無限に繰り返し、人は有限の時を生きていくのでしょう。

一つの出来事から感じること、それは予め決まっているものではない。
また、一時に感じた自分のその感情も時と共に様々な形へと変わっていく。
そんな自分達が今すべき事、それは何事にも挑戦していくことではないだろうか。
失敗や後悔など恐れずに自らの力で踏み出すこと、そこから得るものはこれからの
自分にかけがえのないものとなっていくはず。

そんなことを少し考えながら、私はあと残り数ヶ月を過ごしていけたらいいなと思っています。


長文失礼致しました。
では、また。
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